東京高等裁判所 平成3年(行ケ)41号 判決 1993年4月13日
東京都千代田区霞が関三丁目二番五号
原告
三井石油化学工業株式会社
右代表者代表取締役
竹林省吾
右訴訟代理人弁理士
小田島平吉
同
深浦秀夫
同
米倉童
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 麻生渡
右指定代理人
近藤兼敏
同
田中靖紘
同
土屋喜郎
同
長澤正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六三年審判第一〇二二一号事件について平成二年一一月二二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五五年六月二四日、名称を「エチレン重合体の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五五年特許願第八四五五三号)をしたところ、昭和六三年四月一一日、拒絶査定がされたので同年六月一六日、審判を請求し、平成元年二月二二日、出願公告(昭和六四年特許出願公告第一〇五三二号)がされたところ、特許異議の申立てがされ、平成二年一一月二二日、「本件特許異議の申立は、理由があるものとする。」との決定とともに「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、平成三年二月六日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨
下記(A)及び(B)、
(A) マグネシウム、チタン及びハロゲンを必須成分とし、ハロゲン/チタン(モル比)が四を越え、マグネシウム/チタン(モル比)が二以上であり、比表面積が四〇m2/g以上、平均粒径が三ないし二〇〇μ、粒度分布の幾何標準偏差σgが二・一未満の固体状チタン媒触成分、
(B) 有機アルミニウム化合物触媒成分、及び
(C) 随時に電子供与体
とから形成される触媒を用いて、予め該チタン触媒成分一g当り、〇・〇一ないし五〇gのオレフインの予備重合を行い、次いで予備重合処理された該チタン触媒成分を用いてエチレンの本重合を一〇〇℃以下の温度で行うことからなり、且つ前記予備重合の速度を、本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下とし、密度が〇・九四五g/cm2を越えるエチレンを主成分とするエチレン単独重合体又はエチレン共重合体を生成させることを特徴とするエチレン重合体の製造方法
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 昭和五四年特許出願公開第四一九八五号公報(以下「引用例一」という。)には、比表面積が二〇m2/g以上、平均粒径が三ないし三〇〇μのマグネシウムの酸素含有化合物粒子に遷移金属化合物を担持せしめたハロゲン含有遷移金属触媒成分と周期律表第一族ないし第三族金属の有機金属触媒成分とからなる触媒の存在下にオレフインを重合もしくは共重合して触媒当りの重合活性が高く、嵩比重が大きく粒度分布の狭いポリオレフインを製造することが記載されており、前記ハロゲン含有遷移金属触媒成分のハロゲン/チタン(モル比)が八ないし五〇であること(特許請求の範囲四項参照)及び前記ハロゲン含有遷移金属触媒成分が、篩分け操作により得た比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μの水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの固体状反応生成物であり、固体一g当りTi原子二一mg、塩素二二五mgを含むものであり、前記第三族金属の有機金属触媒成分がトリエチルアルミニウムであり、前記オレフインがエチレンであり、エチレンの重合を八〇℃で行うこと(実施例一参照)も記載されている。
3 本願発明と引用例一記載の発明とを対比すると、
(一) 固体状チタン触媒成分のマグネシウム/チタン(モル比)について、本願発明では二以上と規定されているのに対して、引用例一記載の発明ではこのモル比が明記されていない点
(二) 固体状チタン触媒成分の比表面積及び平均粒径について、本願発明では夫々四〇m2/g以上及び三ないし二〇〇μと規定されているのに対して、引用例一記載の発明ではこれらについて記載されていない点
(三) 固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgについて、本願発明では二・一未満と規定されているのに対して、引用例一記載の発明ではこれについて明記されていない点
(四) 予備重合及び本重合について、本願発明では予め該チタン触媒成分一g当り、〇・〇一ないし五〇gのオレフインの予備重合を行い、次いで予備重合処理された該チタン触媒成分を用いてエチレンの本重合を行い、その際、予備重合の速度を、本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下としているのに対して、引用例一記載の発明では予備重合を行つていない点
(五) 製造されるエチレン単独重合体又はエチレン共重合体の密度について、本願発明では〇・九五四g/cm2を超えることが規定されているのに対して、引用例一記載の発明では密度が明記されていない点
で両発明は相違し、その他の点では両発明は一致している。
4(一) そこで、先ず、相違点(一)について検討する。
引用例一の実施例一には、水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの固体状反応生成物であり、固体一g当り、Ti原子二一mg、塩素二二五mgを含む固体状チタン触媒成分が記載されているので、固体状チタン触媒成分のマグネシウム/チタン(モル比)について、本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明では、実質的な差異はないものと認められる。
(二) 次に、相違点(二)について検討する。
引用例一の実施例一に記載されたハロゲン含有遷移金属触媒成分は、篩分け操作により得た比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μの水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの固体状反応生成物であり、水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの反応は水酸化マグネシウムの固体表面上で起こつたものであると認められるので、この反応の前後で形態に大きな変化があつたものとは思われず、固体状チタン触媒成分の比表面積及び平均粒径についても、本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明では、実質的に差異はないものと認められる。
(三) 次に、相違点(三)について検討する。
チーグラー・ナツタ型触媒を用いるエチレンの重合において、得られるポリマー粒子の大きさは触媒粒子の大きさに依存することは本件出願前によく知られているから、粒径の揃つたエチレン重合体を得るために粒度分布が狭い触媒成分、即ち粒度分布の幾何標準偏差σgの値の小さい触媒成分を用いることは当業者が容易に想到しうることである。例えば、引用例一にも必要に応じて篩分けを行うこと(四頁右上欄参照)が記載されているだけでなく、実施例には粒径を二〇ないし六三μに揃えた水酸化マグネシウムを用いることが記載されており、得られたポリエチレンは粒径の揃つたものであることも示されている。また、本願明細書には、幾何標準偏差σgの具体的な値として、一・五七(実施例一)、一・二九(実施例一四)、一・一五(実施例一五)及び二・四〇(比較例三)が記載されているにすぎないので、幾何標準偏差σgが二・一に臨界的意義があるとは思われず、粒度分布の幾何標準偏差σgが二・一未満であるということは、粒度分布が狭いことを示したにすぎないものと認められる。してみれは、固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満とすることは当業者が容易に実施できることと認められる。
(四) 次に、相違点(四)について検討する。
本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である昭和五五年特許出願公開第七一七〇七号公報(以下「引用例二」という。)には、本願発明で使用する触媒と同じ組成の触媒を使用して、オレフインを予備重合し、次いでエチレンを本重合することにより、予備重合を行わない場合と比較して嵩密度の大きいエチレン重合体を製造することが記載されており、予備重合の速度を本重合の速度の五分の一より小とした実施例も示されている。そしてエチレン重合体を製造する際に、より優れた物性を有するエチレン重合体を得ようとしてプロセスの変更を加えることは当業者が無理なく考え得ることである。したがつて、引用例一に示された技術に、予め該チタン触媒成分一g当たり、〇・〇一ないし五〇gのオレフインの予備重合を行い、次いで予備重合処理された該チタン触媒成分を用いてエチレンの本重合を行い、その際、予備重合の速度を、本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下とする技術を加えることは容易にできることと認められる。
(五) 次に、相違点(五)について検討する。
一般に、マグネシウム、チタン及びハロゲンを必須成分とする固体状チタン触媒成分、有機アルミニウム化合物触媒成分及び随意に電子供与体から形成される触媒を用いて製造されるエチレンの単独重合体の密度は約〇・九六ないし〇・九七g/cm2であることが知られているので、引用例一に記載されたエチレンの単独重合体も密度は〇・九四五g/cm2を超えたものであると認められる。したがつて、製造されるエチレン単独重合体又はエチレン共重合体の密度について、本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明では、実質的な差異はないものと認められる。
4 以上のように、前記相違点はいずれも格別なものとは認められず、これらを総合的に判断しても、本願発明が顕著な効果を奏するものとは認められないから、本願発明は、引用例一及び引用例二に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の本願発明の要旨、引用例一及び引用例二の記載事項、本願発明と引用例一記載の発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点(一)及び(五)に対する判断は認めるが、相違点(二)ないし(四)に対する判断は争う。
審決は本願発明と引用例一記載の発明との相違点(二)ないし(四)に対する判断を誤り、また本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、もつて本願発明の進歩性を誤つて否定したもので、違法であるから取消しを免れない。
1 相違点(二)に対する判断の誤り
審決は、引用例一の実施例一に記載されたハロゲン含有遷移金属触媒成分は、篩分け操作により得た比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μの水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの固体状反応生成物であり(この認定は認める。)、水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの反応は水酸化マグネシウムの固体表面上で起こつたものであると認められるので、この反応の前後で形態に大きな変化があつたものとは思われないとして、固体状チタン触媒成分の比表面積及び平均粒径について本願発明と引用例一に記載された発明とは実質的な差異はないと認められると判断している。
しかし、右の推定は、担体である水酸化マグネシウム粒子が結晶粒子のような中実の粒子である場合には妥当するとしても、引用例一の実施例一の担体粒子は粒子径〇・〇四μないし三μの範囲の微粒子状の水酸化マグネシウムの水スラリーを噴霧乾燥及び分級して得られた比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μのもの、すなわち凝集した微細粉からなる粒な微多孔粒子であつて右の推定が妥当するとは認められないものである。
したがつて、審決の右根拠のない推定に基づく相違点(二)に対する判断は誤りである。
2 相違点(三)に対する判断の誤り
審決は、引用例一に必要に応じて篩分けを行うことが記載されている等のことから、粒径の揃つたエチレン重合体を得るために粒度分布の狭い触媒成分、即ち粒度分布の幾何標準偏差σgの値の小さい触媒成分を用いることは当業者が容易に想到しうることであるとし、また、本願発明の幾何標準偏差σgの二・一に臨界的意義はなく、単に粒度分布が狭いことを示したにすぎないとして、固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満にすることは当業者が容易にできることと認められると判断している。
しかし、引用例一は、固体状チタン触媒成分の調製に使用するマグネシウム酸素含有化合物粒子を篩分け、粒径二〇ないし六三μのものを分取することは記載しているが、固体状チタン触媒成分の粒度(粒子径)については、全く言及していない。したがつて、引用例一から、固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満にするという技術的思想が容易に導きだせるわけがない。
そして、幾何標準偏差σgを二・一未満とすることは、特許発明における数値限定の上下の限界値が一般にそうであるように、物理学あるいは原子力工学において使用されているような意味での臨界性がないことは事実であるが、しかし、これは、審決のいうように、単に粒度分布の狭いことを示したにすぎないものではなく、技術的に有意なことである。
本願発明の実施例一ないし一五と比較例三の重合結果を対比すれば明らかなとおり、σgが二・一未満である実施例一ないし一五では、粒度分布は、〇・一ないし一・〇mmに一〇〇ないし九七%であり、平均重合速度は一一五〇〇ないし一六三〇〇g-PE/(A)成分・hr(なお、実施例一四は、固体状チタン触媒成分のチタン含量が著しく低いため、固体状チタン触媒成分一g当たりの平均重合速度は、低くなつている。)であるのに対し、σgが二・四である比較例三では、粒度分布が〇・一ないし一・〇mmに七二%、平均重合速度は六〇〇〇g-PE/(A)成分・hrであり、いずれも顕著に低く、限界値二・一が技術的に有意であることは明白である。
また、右のことから明らかなとおり、σgは、粒度分布だけではなく、平均重合速度に大きな関わりがあるもので、σgが二・一未満ということは、単に生成するエチレン重合体の粒度分布を狭くする目的において、固体状チタン触媒成分として粒度分布の可及的に狭いものを使用することを意味するものではない。
したがつて、審決が相違点(三)に対して示した前記判断は誤りである。
3 相違点(四)に対する判断の誤り
審決は、引用例二に、本願発明で使用する触媒と同じ組成の触媒を使用して、オレフインを予備重合し、次いでエチレンを本重合することにより、予備重合を行わない場合と比較して嵩密度の大きいエチレン重合体を製造することが記載されており、予備重合の速度を本重合の速度の五分の一より小とした実施例も示されていることをもつて、当業者が、引用例一に示された技術に、本願発明の相違点(四)に係る技術を加えることは容易に実施することができることであると判断している。
しかし、引用例二は、マグネシウムアルコラートから一定の手順で導かれたチタン含有固体触媒成分に予備重合処理を行うと、嵩密度が大きく、一〇〇メツシユ(目開き〇・一四七mm)以下の微粉重合体の少ないエチレン系重合体が得られることは記載されているけれども、担持型チタン触媒成分一般について予備重合処理が生成重合体の嵩密度の増大と微粉重合体の減少をもたらすことについては記載も示唆もされていないばかりでなく、引用例二は、担持型チタン触媒成分一般に対して否定的である(二頁左下欄一三行ないし三頁右上欄五行)。
更に、引用例一の実施例一によると、一〇〇メツシユ以下の微粉重合体の割合は、〇ないし〇・七%(全実施例の平均は、〇・一八%である。)にすぎないところ、引用例二の実施例では、〇ないし一四・五%(全実施例の平均は四・六九%)であり、生成重合体の粒度分布からみても、引用例二記載の発明の方法は、明らかに引用例一記載の発明の方法に劣るものである。
したがつて、引用例一記載の発明の方法に引用例二に従つて予備重合処理を適用すると生成重合体の粒度分布において更なる改善が達成されると考える当業者なぞ、いようはずがない。
したがつて、審決の相違点(四)に対する判断は誤りである。
4 本願発明の奏する顕著な作用効果の看過
本願発明の目的は、嵩密度の高いエチレン重合体を高い触媒効率で製造しうる方法を提供することにあり、単に嵩密度の高いエチレン重合体を製造する方法を提供することのみにあるものではない。
そして、本願発明の実施例についての重合結果をみると、〇・一ないし一mmのポリマーの割合は、一〇〇ないし九七重量%、嵩密度は〇・三七ないし〇・四四g/mlであり、所期の目的を十分に達成している。
また、平均重合活性は、実施例一四(この重合活性が低い理由は前述のとおりである。)を除き、一一五〇〇ないし一八二〇〇g-PE/(A)成分・hrである。
これに対して、引用例一の表一及び表二に記載された重合結果によると、平均重合速度(触媒活性)は三九四〇(実施例四)ないし九〇九〇(実施例一一)g-PE/g-固体であり、一時間当りに直すと、一九七〇ないし四五四五g-PE/g-固体である。
一方、引用例二の実施例では、比重合活性(平均重合速度)は、一三九〇(実施例一-一)ないし一八九五(実施例二-一)g-PE/g-固体・時間・エチレン分圧であり、本願発明の実施例のエチレン圧四気圧との対比のため、これを四倍しても、五五六〇ないし七五八〇g-PE/g-固体・時間となる。
右のとおり、本願発明の触媒効率は引用例一及び引用例二記載の発明より優れている。
また、本願発明の実施例、比較例並びに引用例一及び引用例二に記載された実施例の重合速度を、全てエチレン圧四気圧での重合速度g/mmTi・hrに換算した結果は次のとおりである。
本願発明 実施例一 九五五〇
実施例一四 六四五〇
比較例三 五六〇〇
引用例一 実施例五 四二〇〇
実施例一一 九九〇〇
引用例二 実施例一-一 五三五〇
実施例二-一 七二八八
右表から明らかなとおり、本願発明の実施例一及び実施例一四の結果は、比較例三はもとより、引用例一の実施例五及び引用例二の実施例一-一の結果に比して明らかに優れている。
引用例一の実施例一一の結果は本願発明より優れているが、これは固体状チタン触媒成分が高活性化処理を施されたもの(本願発明の実施例や引用例一の実施例五で用いられた固体状チタン触媒成分に<1>電子供与体、<2>有機アルミニウム化合物及び<3>四塩化チタンによる処理を順次に適用して得られたもの)であることによるのであり、これと本願発明の結果とを直接対比することはできない。
また、引用例二の実施例二-一の重合速度は、本願発明の実施例一四より高いが、この値は、Ti担持量を実施例一-一のものと同一と仮定して算出した値であり、仮に実際の値と一致するとしても、生成重合体の微粉末の割合を考慮すると、引用例二の実施例二-一は本願発明の効果を評価する資料とはなり得るものではない。
予備重合によつて、重合速度(活性)が一般に改善されるものでないことは、前記の結果及び引用例二の実施例と比較例の対比から明白である。
更に、本願発明においては、特定の条件に従つて予備重合を行うことにより、実施例一ないし一三と比較例一を対比すると、ポリマーの粒度分布及び嵩密度が顕著に改善されるとともに、平均重合活性が七・五ないし七〇%、平均四〇%向上している。引用例二は、予備重合により粒度分布は改善されるものの、比重合活性は実質的に変わらないか、むしろ低下することを示している。
以上のとおり、本願発明における触媒効率の顕著な改善の効果は、明らかに引用例一及び引用例二記載の発明からは予測することができないものである。
審決は、本願発明の奏する右の顕著な作用効果を看過し、以て本願発明の進歩性を否定した誤りがある。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
1 相違点(二)に対する判断の誤りについて
審決がいう水酸化マグネシウムの「固体表面上」とは、引用例一の実施例一に記載されている比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μの球形粒子である水酸化マグネシウムの表面上、即ち、該粒子の表面上及び粒子内部に存在する孔の部分の表面上を意味しているものである。
そして、本願明細書には、「以上のような諸性質を有する固体状チタン触媒成分を得るためには、例えば(略)特開昭五四-四一九八五号などの技術を用いて触媒調製を行うことができる。(略)」(昭和六四年特許出願公告第一〇五三二号公報(以下「本件公報」という。)五欄二七行ないし六欄三行)と記載されており、本願発明の固体状チタン触媒成分は、引用例一に記載された方法により調製できることを明らかにしている。
具体的にみると、実施例一四について、比表面積六七m2/gを有する市販の水酸化マグネシウムを水に懸濁させ、続いてこの水酸化マグネシウムの水スラリーを噴霧乾燥器を用いて噴霧し、球形の水酸化マグネシゥムを得、ついで、二〇μないし三七μの部分を得るため、篩分け操作を行つて、比表面積八六m2/gの水酸化マグネシウムを得たこと、及びこの水酸化マグネシウムと四塩化チタンを加熱攪拌した後、ろ過、洗浄して平均粒径二六μ、比表面積九五m2/gである固体状チタン触媒成分を得たことが記載されており、この固体状チタン触媒成分を製造する例は、引用例一の実施例一に記載された発明と格別の差異はないものである。
このように、本願発明と引用例一記載の発明とは、使用する水酸化マグネシウムと四塩化チタン及び製造条件において格別の差異がない以上、生成物である固体状チタン触媒成分の状態において差異はないと言い得るものであるから、仮に、前記の「固体表面上」という表現が適当でないとしても、固体状チタン触媒成分の比表面積及び粒径について、本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明とで実質的な差異はないとの審決の判断に誤りはない。
2 相違点(三)に対する判断の誤りについて
前1で主張したとおり、固体状チタン触媒成分の比表面積及び粒径については、本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明とで実質的な差異はないものである。
そして、本願発明において幾何標準偏差σgを二・一未満とすることについては、本願明細書において幾何標準偏差σgの具体的な値が示されている実施例一ないし一五及び比較例三の記載からは、幾何標準偏差σgを二・一未満としなければならない必然性はないものであり、それは、審決の判断しているとおり、単に粒度分布が狭いことを表示している以上の意味は認められないものである。
原告は、本願発明の実施例一ないし一五と比較例三との重合結果を対比して、幾何標準偏差σgを二・一未満とすることは、平均重合速度に大きな関わりがあり、技術的に有意である旨主張する。
しかし、実施例一四と比較例三についてみると、幾何標準偏差σgの値が一・二九である実施例一四の平均重合速度は二四〇〇g-PE/(A)成分・hrであるのに対し、幾何標準偏差σgの値が二・四〇である比較例三の平均重合速度は六〇〇〇g-PE/(A)成分・hrであり、比較例三の方が優れた結果が示されている。そして、本願発明を具体化したものである実施例一四の結果を除いて考慮する必要性はないのであるから、これを考慮に入れると、原告が臨界値と主張する幾何標準偏差σg二・一と平均重合速度との間には、原告の主張するような関わりは認められないものである。
以上のことからして、審決が、固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満とすることに技術的意義がなく、当業者が容易に想到できることと認められるとした認定、判断に誤りはない。
3 相違点(四)に対する判断の誤りについて
引用例二の原告指摘の箇所は、遷移金属ハロゲン化物(特にチタンのハロゲン化物)を担体(とりわけ、二価の金属(特に、マグネシウム)の化合物)又は担体を電子供与性化合物で予備処理することによつて得られる処理物に担持したものは、重合活性を大幅に改善するが、担持物を不活性炭化水素溶媒の希薄なスラリーとして反応器に供給するので、得られる最終エチレン系重合体の嵩密度が低かつたり、粒度分布が広すぎるなどの欠点があつたことが記載されているだけであり、引用例二には、原告主張のように、担持型チタン触媒成分一般に対して否定的であるような記載はない。
引用例一及び引用例二に記載された技術は、いずれもマグネシウム、チタン及びハロゲンを必須成分とする固体状チタン触媒成分と有機アルミニウム触媒成分とから形成される触媒を用いてエチレン重合体を製造するものであることに変わるところはなく、技術的に共通していることは明白であるから、両者の技術を関連づけて考察することは不合理ではない。
そして、引用例二に、本顧発明で使用する触媒と同じ組成の触媒を使用して、オレフインを予備重合し、次いでエチレンを本重合することが記載されており、予備重合の速度を、本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下とする実施例も示されていることは、原告も認めるところであり、この技術の有意性を見れば、引用例一に示された技術に予備重合を適用し、その際、予備重合の速度を本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下とする技術を加えることは当業者が容易に想到できることである。
したがつて、審決の相違点(四)に対する判断に誤りはない。
4 本願発明の奏する顕著な作用効果の看過について
原告は、種々の数値を挙げて、本願発明の重合速度が引用例一及び引用例二記載の発明からは予測できない程優れているものと主張する。
仮に、原告が挙げた重合速度に関する数値が正しいものとしても、それによつて、本願発明の作用効果(触媒活性)が予測の範囲内のものとした審決の判断を誤りとすることはできない。
まず、原告は、本願発明の実施例一四は、固体状チタン触媒成分のチタン含量が著しく低いとして、その重合速度の結果を考慮の外に置こうとしているが、前述のとおり、実施例一四は本願発明を実施したものであるから、本願発明の効果を判断する際には、その結果を排除して考える必要のないことは当然のことである。
粒度分布についてみると、引用例一の実施例一でも、一〇ないし四〇メッシュ(約〇・三五ないし一・六五mm)に九九・六%という粒度分布の狭いポリエチレンが得られている。
平均重合速度(触媒活性)についてみても、引用例一の実施例一一では、チタン固定量二一mg/g固体であつても、四五四五g-PE/g-固体・時間の触媒活性を得ており、本願発明の実施例一四の結果より優れた結果が示されている。
これに対し、原告は、本願発明の実施例及び比較例並びに引用例一及び引用例二の実施例に記載された重合速度をエチレン圧四気圧での重合速度g/mmTi・hrに換算して触媒活性の効果を比較しているが、そこにおいて、引用例一の実施例一一の数値が優位であるのは使用するチタン触媒成分が異なることによるものであると主張している。
しかし、本願発明は高活性化処理を施さない固体状チタン触媒成分を用いる場合だけでなく、高活性化処理を施した固体状チタン触媒成分を用いる場合を含むのであるから、引用例一の実施例一一の結果をもつて本願発明の効果について検討することは当然のことである。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
一 本願発明について
成立に争いのない甲第三号証(本件公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のような趣旨の記載があることを認めることができる。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、高活性チタン触媒成分を用いて、嵩密度の高いエチレン重合体(エチレン共重合体を包含する。)を、高い触媒効率でもつて製造できる重合方法(共重合方法を包含する。)に関する。
マグネシウム、チタン及びハロゲンを必須成分とする高活性の固体状チタン触媒成分に関しては既に数多くの提案が知られている。これらのチタン触媒成分は、周期律表第一族ないし第三族金属の有機金属化合物触媒成分と組み合わせてオレフインの重合に用いるときに、チタン一ミリモル当り五〇〇g以上のオレフイン重合体を得ることができる。該重合をスラリー重合や気相重合のように、重合によつて直接重合体粉末を生成するような条件で行う場合、重合操作や後処理操作を有利かつ円滑に行うためには、該重合体粉末の嵩密度をできるだけ大きくすることが望まれている。
前記固体状チタン触媒成分として特に電子供与体を有するものを用いた炭素数三以上のα-オレフインの高立体規則性重合においては、予め低温度で少量のα-オレフィンを予備重合した後、それより高温度でα-オレフインの本重合を行えば、嵩密度のみならず、立体規則性指数や触媒活性が改善しうることは、既に本出願人によつて提案されている。
このような手法をエチレンの重合に漫然と適用した場合には、必ずしも顕著な改善効果は認められず、嵩密度や活性の大幅な改善が達成できないかの如く思われた。
従来、例えば、昭和五五年特許出願公開第九六一〇号公報や昭和五五年特許出願公開第二九五一二号公報には、α-オレフインを予備重合した後、エチレンを気相重合する方法が提案され、活性及び粒度分布の改善と反応器壁への重合体の付着の防止などの効果が達成できるとしている。ところが、本発明者らが、これら公報に具体的に開示されている方法を追試したところ、重合反応結果の再現性が悪く、予備重合を行わない場合の方が、却つて重合活性が高く、嵩密度の高いポリエチレンが得られる場合がしばしば生ずることがわかつた。更に、活性の改善が認められる場合でも、ポリエチレンの嵩密度の顕著な改善は達成されないことがわかつた。
本願発明は、以上の知見に基づき、嵩密度の高いエチレン重合体を、高い触媒効率をもつて、品質再現性よく製造できる、改善されたエチレン重合体の製造方法を提供することを技術的課題(目的)とする(本件公報二欄八行ないし四欄一一行)。
2 構成
本願発明は、前項記載の技術的課題(目的)を達成するため、その要旨とする構成(特許請求の範囲1記載)の構成を採用した(本件公報一欄二行ないし二〇行)。
3 作用効果
本願発明によれば、嵩密度の大きいエチレン重合体を高収率で、再現性よく得ることができる(本件公報一二欄二二行、二三行)。
二 相違点(二)に対する判断の誤りについて
原告は、審決が相違点(二)に対する判断においてした推定は根拠がないとして、審決の固体状チタン触媒成分の比表面積及び平均粒径について本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明では実質的な差異はないとの判断の誤りをいう。
引用例一の実施例一に記載されたハロゲン含有遷移金属触媒成分は、篩分け操作により得た比表面積八五m2/g、粒径二〇ないし六三μの水酸化マグネシウムと四塩化チタンとの固体状反応生成物であることは当事者間に争いはなく、更に、成立に争いのない甲第四号証(引用例一)によれば、同触媒成分は、前記の水酸化マグネシウムと四塩化チタンを一三五℃で二時間反応させて、固体一g当り、Ti原子に換算して二一mg、また塩素は二二五mg担持されていたものであること(公報七頁左下欄六行ないし一四行)を認めることができる。
一方、前掲甲第三号証によれば、本件公報には、「以上のような諸性質を有する固体状チタン触媒成分を得るためには、例えば、チタン化合物と反応させる前にマグネシウム化合物を粒度分布の狭いものとしておき、これと反応条件下に液相をなすチタン化合物を反応させる方法や、液状のマグネシウム化合物と液状のチタン化合物を粒度分布が狭い粒子が得られるような条件下に反応析出せしめる方法などを採用するのが望ましい。例えば、(略)特開昭五四-四一九八五号(略)などの技術を用いて触媒調製を行うことができる。」(五欄二七行ないし三八行)と記載されていること、また、実施例一四においては、粒径二〇ないし三七μ、比表面積八六m2/gの球形状水酸化マグネシウムを四塩化チタンと一三五℃で二時間反応させて、平均粒径二六μ、比表面積九五m2/gのチタン触媒成分を得たものであること(一七欄表下三行ないし一八欄表下六行)を認めることができる。
以上の事実によれば、引用例一記載の発明の触媒成分と本願発明の触媒成分とは、水酸化マグネシウムをチタン化合物と反応させる前に粒度分布の狭いものにしておき、反応条件下で液相をなす四塩化チタンを一三五℃で二時間反応させる点で共通しているものであつて、この反応の前後で生じる形態の変化も、両発明で格別の相違があるとは考えられない。
したがつて、審決が、固体状チタン触媒成分の比表面積及び平均粒径について本願発明と引用例一の実施例一に記載された発明では実質的な差異はないと判断したことに誤りはない。
三 相違点(三)に対する判断の誤りについて
原告は、審決が、本願発明において固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満にすることに臨界的意義はなく、これは当業者が容易に実施することができることと認めると判断したことの誤りをいう。
前掲甲第三号証によれば、本願発明の実施例において用いられた触媒成分の幾何標準偏差σgは、実施例一ないし一三においては一・五七、実施例一四は一・二九、実施例一五においては一・一五であり、比較例三においては二・四〇であること(比較例三以外に二・一以上のものはない。)、その触媒成分を用いた重合結果では、実施例一ないし一五では、最高が実施例七の一八二〇〇g-PE/(A)成分・hrであり、最低が実施例一四の二四〇〇g-PE/(A)成分・hr(極端に低い実施例一四を除くと、最低は実施例一五の一二〇〇〇g-PE/(A)成分・hrである。)となり、比較例三では六〇〇〇g-PE/(A)成分・hrとなつたことを認めることができるが、右の実験データの他、幾何標準偏差σgと平均重合速度との一般的関係についての記載はないことを認めることができる。
そして、右の実施例及び比較例の結果からすれば、σgが二・一以上である比較例三の重合速度は、σgが二・一未満である実施例一四の重合速度より優れていることが認められる。
これに対し、原告は、実施例一四は、固体状チタン触媒成分のチタン含量が著しく低いため、固体状チタン触媒成分一g当りの平均重合速度が低くなつているにすぎない旨主張するが、その原因が原告主張のとおりであるとしても、実施例一四は、本願発明を実施したものであるから、本願発明の作用効果の評価に当たり、これを除外することは相当ではない。
また、原告は、平均重合速度をエチレン四気圧での重合速度g/mm・hrで比較すると、実施例一四は六四五〇であるのに対し、比較例三は五六〇〇であり、実施例一四の方が優れている旨主張する。
しかし、本願発明の技術的課題(目的)が、嵩密度の高いエチレン重合体を、高い触媒効率をもつて、品質再現性よく製造できるエチレン重合体の製造方法を提供することにあることは前一1認定のとおりであるが、前掲甲第三号証によれば、本願明細書において、実施例の重合結果として触媒効率の評価の基準としているものは本重合の平均重合速度「g-PE/(A)成分・hr」であり、それ以外のものが触媒効率の評価の基準とされているものではないことが認められるのであるから、原告が本訴において主張する「g/mmTi・hr」による重合速度をもつて本願発明の効果を評価することは相当でないというべきである。
そして、同号証によれば、本願明細書には「重合速度の調節は、例えば重合温度、オレフインの供給速度、(B)成分と(A)成分の比率、不活性反応溶媒の使用などによつて行うことができる。」(本件公報一〇欄二二行ないし二四行)と記載されていることが認められることからも明らかなとおり、平均重合速度は触媒成分の組成、その他重合条件等によつて大きく影響されるものであり、また、同号証によれば、本願明細書に記載された各実施例及び比較例においては、触媒の組成、重合条件等を同一とするものではないことが認められるのであるから、本願明細書に示されたデータからは、幾何標準偏差σgと平均重合速度との相関関係を見出すことはできないものである。
また、原告は、幾何標準偏差σgを二・一未満とすることにより、重合結果である粒度分布にも優れた結果をもたらす旨主張するが、これも右説示したところと同様、有意な相関関係を見出すことはできない。
以上によれば、本願発明において幾何標準偏差σgを二・一来満としたことの技術的意義を認めることはできず、このことは固体状チタン触媒成分の粒度分布の狭いものを用いるとすること以上の意味をもち得ないというべきである。
したがつて、審決が、本願発明において固体状チタン触媒成分の粒度分布の幾何標準偏差σgを二・一未満にすることに臨界的意義はなく、これは当業者が容易に実施することができることと認めると判断したことに誤りはない。
四 相違点(四)に対する判断の誤りについて
原告は、引用例二記載の発明は、担持型チタン触媒成分一般について、予備重合処理が生成重合体の嵩密度の増大と微粉重合体の減少をもたらすことについては記載も示唆もなく、むしろ担持型チタン触媒成分一般に対して否定的であるとして、審決が引用例二に基づいて、引用例一の技術に本願発明の相違点(四)に係る構成を加えることは当業者が容易にできることと判断したことの誤りをいう。
成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例二の公報は、発明の名称を「改善されたエチレン系重合体の製造方法」(公報一頁左下欄三行)とする発明に係るものであるが、特許請求の範囲(1)には、「(A)(1)(a)マグネシウムアルコラートまたはその反応固体状生成物に(b)四価のチタン化合物を接触させることにより得られる固体成分および(2)有機アルミニウム化合物(Ⅰ)から得られる触媒系の存在下で炭化水素溶媒中であらかじめエチレンもしくはα-オレフインを単独重合またはエチレンとα-オレフインとを共重合させることによつて得られる複合固体触媒成分と(B)有機アルミニウム化合物(Ⅱ)とから得られる触媒系の存在下でエチレンを単独重合またはエチレンとα-オレフインとを共重合させることを特徴とする改善されたエチレン系重合体の製造方法。」(同欄五行ないし末行)と、発明の詳細な説明には「ハロゲン化チタン成分(担体に担持しない)と有機アルミニウム化合物とから得られる触媒系(いわゆるチーグラー触媒)の存在下にエチレンまたはエチレンとα-オレフインとを共重合させるさいに、これらのモノマーをあらかじめ単独重合または共重合させる方法が提案されている。(略)また、三塩化チタンまたはそれと塩化アルミニウムとの共晶体と有機アルミニウム化合物とから得られる触媒系でプロピレン単独重合またはプロピレンとエチレンもしくはα-オレフインとを共重合させるさいに、これらのモノマーをあらかじめ単独重合または共重合させて得られる触媒系を使用する方法が数多く提案されている(略)。これらの方法は、いずれも不活性炭化水素の液相中または粉砕時にプロピレンなどと接触させ、あらかじめ重合物を生成させることにより、触媒系の重合活性を向上させたり、非晶性ボリプロピレンの生成の抑制あるいは最終重合体のかさ密度の向上を効果として提案している。しかしながら、これらの方法にもとづいて最終重合体を製造する場合、重合活性はかならずしも満足すべきものではない。
近年、エチレン系重合触媒として遷移金属ハロゲン化物(特に、チタンのハロゲン化物)を担体〔とりわけ、二価の金属(特に、マグネシウム)の化合物〕または担体を電子供与性化合物で予備処理することによつて得られる処理物に担持し、触媒当りの重合活性(触媒活性)を飛躍的に向上せしめ、重合終了後において重合系に残存する触媒残渣除去工程を実質的に省略する提案が数多くなされている。これらの担体としては、マグネシウムヒドロキシクロライド(略)のごときマグネシウムを含む化合物があげられる。(略)しかし、これらの担体または上記化合物で予備処理された担体は重合活性を大幅に改善するが、担持物を不活性炭化水素溶媒の希薄なスラリーとして反応器(重合器)に供給するので、得られる最終エチレン系重合体のかさ密度が低かつたり、粒度分布が広すぎるなどの欠点があつた。(略)以上のごとく、遷移金属化合物を担体または担体処理物に担持して得られる担持物と有機アルミニウム化合物とから得られる触媒系を用いてエチレンまたはエチレンとオレフイン類とを重合する場合、その重合活性は満足すべきものであるが、生成する最終重合体の後処理工程(分離乾燥)において前記のごとき問題点があるため満足すべき方法とは云えない。(略)
以上のことから、本発明者らは、遷移金属化合物の担持物と有機アルミニウム化合物とから得られる触媒系を使用してエチレン重合体を製造(後処理工程を含めて)するさいに、前記のごとき問題点を解決すべく種々探索した結果、(略)により、前記のごとき問題点が生じることなく、エチレン系重合体が得られることを見出し、本発明に到達した。」(二頁右上欄四行ないし三頁左下欄八行)と記載されていることを認めることができる。
引用例二の右記載によれば、引用例二記載の発明は、エチレン系重合体の製造において、従来公知の予備重合処理した触媒を使用する方法(以下「前者の方法」という。)やエチレン系重合体製造の触媒として遷移金属ハロゲン化物を担体に担持させるか又は担体を電子供与性化合物で予備処理することにより得られる処理物に担持させる方法(以下「後者の方法」という。)にそれぞれ問題点があるという認識の下において、遷移金属化合物を担体又は担体処理物に担持して得られる担持物と有機アルミニウム化合物とから得られる触媒系を用い(後者の方法)、かつ、予備重合処理の方法(前者の方法)を採用してエチレン系重合体を製造する場合におけるそれぞれの問題点を解決した改善された方法を提供するものであると認めることができる。
そして、前掲甲第四号証によれば、引用例一の公報は、発明の名称を「オレフイン類の重合もしくは共重合方法」(公報一頁左下欄三行)とする発明に係るものであるが、特許請求の範囲(1)には「平均粒子〇・〇一ないし二〇μのマグネシウムの酸素含有化合物の懸濁液の噴霧造粒球状粒子であつて、且つその比表面積が二〇m2/g以上で平均粒子径が五ないし三〇〇μのマグネシウムの酸素含有化合物粒子に遷移金属化合物を担持せしめたハロゲン含有遷移金属触媒成分(A)、及び周期律表第一族ないし第三族金属の有機金属化合物触媒成分(B)とからなる触媒の存在下に、オレフィンを重合もしくは共重合することを特徴とするオレフイン類の重合もしくは共重合方法。」(同欄五行ないし一五行)と、発明の詳細な説明には「本発明において担体として使用されるマグネシウムの酸素含有化合物とは、(略)アルコキシマグネシウム(略)のような有機基を有するマグネシウムの酸素含有化合物の使用も可能である。」(二頁右下欄一一行ないし三頁左上欄一六行)、「遷移金属化合物としては、(略)とくにチタン化合物がもつとも好ましい。触媒調製に用いることができるチタン化合物としては、液状およびまたは溶媒可溶性のハロゲン化合物であることが好ましく、例えば式(略)であらわされる四価のチタン化合物を例示することができる。より具体的には、Tic14(略)などを挙げることができる。」(四頁左下欄一六行ないし右下欄一〇行)、「本発明によれば、前記マグネシウムの酸素含有化合物に遷移金属化合物を担持するのであるが、この際、マグネシウムの酸素含有化合物と遷移金属化合物とを直接反応させる以外に、(略)方法にょり、一層活性の高い触媒成分が得られる。」(四頁右上欄五行ないし左下欄七行)と記載されていることを認めることができる。
右認定の引用例一記載の触媒、即ち、アルコキシマグネシウムと四塩化チタンを担持させたものは、前認定の引用例二の特許請求の範囲(1)の(A)(1)に記載されたマグネシウムァルコラート(これがアルコキシマグネシウムと同一のものであることは技術常識である。)またはその反応生成物に四価のチタン化合物を接触させることにより得られる固体状成分と同一のものである。
そうすると、引用例一記載の発明の触媒と引用例二記載の発明の触媒とは、アルコキシマグネシウムに四塩化チタンを反応、担持させた固体成分と有機アルミニウム化合物から得られるもの(なお、これは前記の後者の方法の触媒に含まれるものである。)点で共通するものということができる。
以上のことからすると、引用例二記載の発明においては、右の触媒を用いてエチレン系重合体を製造するについて、重合活性の向上、最終重合体の嵩密度の向上を図るため予備重合処理の方法を適用したものであるから、引用例一記載の発明においても、最終重合体の嵩密度の更なる向上等の目的で、予備重合処理を適用することは、当業者が容易になし得たことと認められる。
これに対し、原告は、引用例二は、担持型チタン触媒成分一般に対し予備重合処理を用いることについては否定的である旨主張するが、前認定の引用例二の記載は、単に、遷移金属ハロゲン化物(特にチタンのハロゲン化物)を担体(とりわけ、二価の金属(特に、マグネシウム)の化合物)又は担体を電子供与性化合物で予備処理することによつて得られる処理物に担持したものは、重合活牲を大幅に改善するが、担持物を不活性炭化水素溶媒の希薄なスラリーとして反応器に供給するので、得られる最終エチレン系重合体の嵩密度が低かつたり、粒度分布が広すぎるなどの欠点があつたというものにすぎず、予備重合処理につき担持型チタン触媒成分一般に対して否定的であるような記載はないのみならず、前認定のとおり、引用例二記載の発明は、担持型チタン触媒成分をもつて予備重合処理することにより、得られる最終エチレン系重合体の嵩密度が低かつたり、粒度分布が広すぎるなどの欠点があつたのを改善したものであり、引用例二が担持型チタン触媒成分一般に対し予備重合処理を用いることについては否定的である旨の主張は理由がない。
そして、引用例二には予備重合の速度を本重合の速度の五分の一より小とした実施例が示されていることは原告の認めて争わないところである。
以上のことからすると、引用例一に示された技術に、予め該チタン触媒成分一g当たり、〇・〇一ないし五〇gのオレフインの予備重合を行い、次いで予備重合処理された該チタン触媒成分を用いてエチレンの本重合を行い、その際、予備重合の速度を、本重合の速度の少なくとも五分の一もしくはそれ以下とする技術を加えることは容易にできることと認められるとした審決の判断に誤りはない。
五 本願発明の奏する顕著な作用効果の看過について
原告は、本願発明が顕著な作用効果を奏することを否定したことの誤りをいう。
前一3認定のとおり、本願発明の奏する作用効果は、「嵩密度の大きいエチレン重合体を高収率で、再現性よく得ること」である。
そこでいう「高収率」とは、前掲甲第三号証によれば、本願明細書に「本発明者等の研究によれば、(略)嵩密度の高いエチレン重合体を、高い触媒効率をもつて、品質再現性よく製造できることを発見した。」(本件公報三欄三四行ないし四欄九行)との記載があることが認められることからみて、「高い触媒効率」の意味であると認めることができる。
そして、本願発明の実施例、比較例を通じて、触媒効率として記載されているのは本重合の平均重合速度g-PE/(A)成分・hrだけであると認められるから、本願発明の効果の「高収率」とは、本重合の平均重合速度g-PE/(A)成分・hrが高いことを意味するものと認められる。
そこで、以下右の指標により本願発明等の作用効果を検討することとする。
なお、原告は、本願発明等の実施例の重合速度をエチレン四気圧での重合速度g/mmTi・hrに換算して比較し、本願発明の作用効果の顕著性を主張しようとしているが、これは、本願発明が前提とする作用効果の指標とは異なるものであり、適当ではない。
前三認定のとおり、本願発明の実施例の平均重合速度は、最高が実施例七の一八二〇〇g-PE/(A)成分・hrであり、最低が実施例一四の二四〇〇g-PE/(A)成分・hr、次いで実施例一五の一二〇〇〇g-PE/(A)成分・hrである。一方、前掲甲第四号証によれば、引用例一の実施例の平均重合速度は、最高が実施例一一の九〇九〇g-PE/g固体、最低が実施例五の二四六〇g-PE/g-固体(一時間ではそれぞれその半分の数値)であること(公報一〇頁の表一及び一二頁の表二)を認めることができる。
右によれば、本願発明の実施例一四以外の実施例の平均重合速度は引用例一の実施例の平均重合速度より優つているものの、本願発明の実施例一四の平均重合速度は引用例一の実施例一一のそれよりも劣つている(前掲甲第四号証によれば、引用例の実施例六ないし一一のいずれもが本願発明の実施例一四の平均重合速度より優れている。)ことが認められる。そして本願発明の実施例一四も本願発明を実施したものであり、本願発明の作用効果の判断に当たつて考慮すべきものであること前述のとおりである。
そして、前掲甲第西号証によれば、引用例一記載の発明は「触媒当り、とくに担体当りの重合体収量を高めること、あるいは嵩比重が高く形状および粒度分布の整つた重合体を得ること」(公報二頁左上欄一八行ないし右上欄一行)を技術的課題としていることが認められるが、そもそも、前四で説示したとおり、それらの効果の更なる向上を目的として、引用例一記載の発明に、引用例二記載の発明の予備重合処理を適用することは、当業者が容易に想到できたことである。
以上のことからすると、本願発明は、その構成の想到の容易性にもかかわらず進歩性がありとして特許が認められる程、引用例一及び引用例二からは予測できない顕著な作用効果を奏するものとは到底いうことができないこと明らかである。
また、原告は、本願発明は粒度分布が狭いとして具体的数値を挙げるが、前掲甲第四号証によれば、引用例一の実施例一でも一〇ないし四〇メツシユ(約〇・三五ないし一・六五mm)に九九・六パーセントという結果が得られていること(公報一〇頁の表一)が認められ、右に述べたことからして、これについての本願発明の作用効果が、本願発明の進歩性を肯定できる程顕著なものであるということはできない。
よつて、本願発明の奏する作用効果の顕著性の看過を理由に審決の違法をいう原告の主張は理由がない。
六 以上のとおり、審決の認定、判断は正当であり、原告の取消事由の主張は理由がない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)